京都には東西2つの本願寺があるが、実はもともとは1つの本願寺しかなかった。顕如上人の死後、長男の教如が本願寺を継承したものの、その後、豊臣秀吉から隠居を命じられ、三男の准如が跡を継いだ。これが後の西本願寺の系統が発展する基礎となり、さらにその後、徳川家康が京都の烏丸六条・七条一帯の土地を教如に与え、教如がここに本願寺を再建したことで、現在の東本願寺と西本願寺が形成された。
東本願寺は西本願寺よりも京都駅に近く、JR京都駅から歩いて約7分で到着できるので、京都駅の近くにいるなら、ついでに立ち寄ってみることを強くおすすめする。初めて東本願寺に入った時は、本当にびっくりした。境内が予想をはるかに超える広さだったからだ。特に御影堂は世界最大級の木造建築の一つで、堂内には927畳もの畳が敷かれている。この数日で巡ったほかの寺院と比べると、それまで大きいと思っていた寺院が、ここでは本当に一瞬で大したことがないように感じられた。
しかも東本願寺は単に「大きい」だけではなく、建物をよく見ると面白い細部がたくさん見つかる。現在見られる主要な建物は再建されたものだが、それでも建物自体にはじっくり見られる細部が数多くある。今回も動物を題材にした木彫りをいくつも見つけ、写真のウサギもその一つだった。境内のほかの場所では、鹿や龍、獅子など、さまざまな動物も見つけられる。こうした大きな寺院を見て回る時、ずっと本堂ばかり見ていると、こうした細かな部分を見逃しやすい。むしろ上を見たり下を見たりしながらゆっくり探すと、面白い場所がたくさん見つかる。
また、今回はちょうど雨が降っていて、寺院の行事もあったようで、寺の方が大量の傘を出して整理し、干しているところを目にした。遠くから見ると、たくさんの傘が一面に開かれている光景はなかなか壮観だった。こうした光景は一般の観光客が特に期待して見るものではないが、逆に東本願寺についての強い思い出の一つになった。
さらに、これほど荘厳な東本願寺に独自のマスコットキャラクターまでいるとは思わなかった。今回は境内で「鸞恩(らんおん)くん」の立て看板を見かけた。法衣を着て数珠を持った獅子の姿で、初めて見た時はかなりギャップを感じた。後で調べたところ、2011年の親鸞聖人七百五十回御遠忌に関連する行事で誕生した東本願寺の公式キャラクターとのことで、日本の仏教は本当に現代的だと感じた。
それに正直なところ、個人的には東本願寺はかなり豪華だと思う。台湾でよく見かける仏教寺院の様式とはかなり違い、特に堂内の装飾には金色の要素がふんだんに使われていて、全体的にとても華やかに見える。自分としては、二条城のような金色に輝く華麗な印象さえ感じたが、
Hollyさんのその他の口コミ
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赤福本店
江戸時代初期の宝永4年(1707)創業の老舗。伊勢神宮のおひざ元で、伊勢参りに訪れた人びとを長年もてなしてきた名物が「赤福餅」だ。モチモチのお餅の上にこしあんがのった餅菓子の1種で、形状が特徴的。あんにつけた3つの筋は伊勢神宮の神域を流れる五十鈴川の清らかな流れを、白いお餅は川底の小石を表しているという。
おはらい町に入って右に曲がると見えてくるので、赤福本店は実際かなり見つけやすい。ここが赤福を最も代表する本店で、今回私が行った時間帯はわりと良く、びっくりするほどの行列には遭遇しなかった。ただ、もしすごい人混みで、どうしても本店で食べたいというこだわりがないなら、ここで時間を費やす必要はないと思う。近くにはほかにも赤福の店舗があるので、そちらを選べる。
赤福餅そのものについては、個人的に一番すごいのは、実はあんこだと思う。小豆のあんを細かくこしすぎると、豆の香りまで失われやすい。でも豆の香りを残そうとすると、これほど滑らかに仕上げるのは難しい。赤福のあんは、その2つをうまく両立していて、口当たりがとても滑らかなのに、ただ甘いだけではなく、小豆そのものの香りもしっかり味わえる。こういう一見シンプルな和菓子は、実は小豆の扱いが非常に問われる。赤福はこの点で本当にすごいと思う。
しかも一番意外だったのは、想像していたほど甘くなかったこと。もちろん甘さはあるけれど、添えられた温かいお茶と一緒にいただくと甘さがちょうど和らぎ、全体のバランスが戻る。赤福のこの甘さ加減には、個人的に本当に感心した。
今回訪れたときは、ちょうど夏季限定の赤福水ようかんもあった。赤福水ようかんは北海道産小豆で作られた水ようかんで、「一枚流し」という方法で一箱丸ごと作られており、とても評判が良い。もともとはかなり買いたかったのだが、これは冷凍商品で低温保存が必要。問題は、行ったのが8月で、買ったあともずっと観光の予定があり、最後には大阪まで向かわなければならなかったこと。こういう冷凍商品はどう考えても買うのに向いていない。もう少し小さな箱なら、おかげ横丁を見て回ったあとに場所を見つけてそのまま食べ切れたのに、よりによって320gの大箱。いくら甘いものが食べられる私でも、一気に片付けるのは無理なので、最終的には泣く泣く諦めるしかなかった。 -
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近江商人の町並み(新町通り)
JR近江八幡駅から北方約2kmにある新町周辺は古い町並みがよく保存されており、国の重要伝統的建造物群保存地区になっている。江戸時代末期から明治・大正にかけて建築された商家が、現代まで大切に保存されてきた。
近江八幡は駅からそれほど遠くないものの、足の負担を減らすためにJRの駅近くで自転車を借りました。自転車を借りておいて本当によかったです。近江八幡の観光スポットは思っていたより互いに離れていて、坂道になっている区間もあります。バスで観光スポットまで行けたとしても、実際に見て回る範囲はかなり広く、歩きだとやはり少し疲れるので、自転車があると本当にずっと便利でした。
近江八幡の白壁や格子窓、伝統的な町家、八幡堀一帯の景色は、本当に江戸時代の城下町らしい雰囲気があります。適当に角度を探して撮るだけでも絵になります。倉敷と少し似ていますが、やはり両者には違いがあり、こちらは倉敷ほど店が多くありません。でも、人が少ないからこその味わいがあります。ただ、訪れたのが冬だったので、川岸の両側の木々は枯れていました。ほかの季節ほどきれいではないものの、どこか物寂しい感じもあって、また違った風情がありました。それに、道中でたくさんの猫にも出会いました。猫たちは人を怖がらず、写真も撮らせてくれて、すごくうれしかったです。
また、今回近江八幡を旅程に入れた主な理由は「近江八幡節句人形めぐり」で、地元のお店が展示するひな人形を見てみたかったからです。実際に見て初めて分かったのですが、この展示は各家で大切に保管されているひな人形を、それぞれの店舗や住居の中に飾って観光客に公開するという形に近く、一般的に想像する大規模な展覧会とは少し違います。ただ、お店の中に入って何も買わないのも申し訳なく感じたので、特に見て回ることはしませんでした。でも、食事をしたお店にもひな人形が展示されていて、気に入ったものに出会えたので、それだけでも来た価値があったと思いました。
途中で白雲館にも行きました。この建物はもともと1877年に建てられた八幡東学校で、西洋建築の様式と日本の伝統技術を組み合わせた、代表的な擬洋風建築です。現在は観光案内所として使われており、八幡堀や旧市街を散策するときに、休憩したり、情報を尋ねたり、お土産を買ったりするのに便利な場所でもあります。私たちもここで、い草で作られたポストカードを買いました。日本らしい絵柄も印刷されていました。もともと自分宛てに送るポストカードを1枚買うつもりだったので、この珍しい形を見て、これに決めました。
近江八幡でもう一つとても楽しみにしていたのが、CLUB HARIEのバームクーヘンです。ただ、日牟禮館は主要道路に直接面しておらず、最初はしばらく周辺を回っても見つけられませんでした。最後には友人が我慢できなくなり、白雲館へ直行してスタッフに尋ねたところ、実はすぐ近くにあることが分かりました。白雲館近くの道から入って左を見ると見つかりました。
最後にバームクーヘンとプリンを買いました。プリンはその場でおいしそうに見えたので、ついでに買ったのですが、食べ終わってから少し後悔しました。最初から予算を全部バームクーヘンに使えばよかったです。バームクーヘン自体は甘すぎず、台湾人が好きそうな味でした。 -
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特別史跡彦根城跡
別名金亀城(こんきじょう)とも呼ばれる彦根城は、1600年に関ケ原の戦いに勝利し、1603年に江戸幕府を開いた徳川家康の命により、徳川四天王の一人、井伊直政が築城を開始。1604年から約20年の歳月をかけて1622年に直政の子、直継の代で完成した。
今回彦根城に来た目的は、実は2つだけ。ひこにゃんと、伝説のほぼ90度の階段だ。スムーズに回れるよう、11時のひこにゃんのパフォーマンスに間に合うことを期待して、わざわざ朝に訪れた。彦根城自体は日本の国宝で、築城工事は1604年に始まり、約20年かけて完成した。井伊家が藩主を務めた城郭で、今もかなり完全な形で歴史的な趣を残している。もともと城自体にはそれほど期待していなかったけれど、実際に中へ入ってみると、入口から城内へ向かって歩くだけでも、この城が意外と小さくないことを実感した。入口から天守閣までは結構距離があるんだよね。
城内へ向かう道はかなり急だけれど、上ってから下を眺めると、景色全体に突然、時空が入り乱れたような感覚が生まれ、本当に昔の城郭へ入り込んだかのようだった。その後は、スタッフに連れられてひこにゃんが登場するのを待つ時間。とにかく、ひこにゃんが姿を現した瞬間、その場にいたみんなが本当に一気に熱狂状態に!ただでさえかわいいのに、着ぐるみのスタッフがずっとかわいい仕草をするので、カメラがまったく止まらず、私はほぼ最初から最後まで撮りまくっていた。
唯一残念だったのは、その日はひこにゃんと直接一緒に写真を撮れず、遠くから撮って気分を味わうか、隣のパネルと一緒に記念撮影するしかなかったこと。でも、本物を自分の目で見られただけでも、もう十分満足だった。
ひこにゃんを見終えた後は、天守閣へ続く超急勾配の階段に挑戦。彦根城天守は現存する三層の複合式天守で、内部の階段の傾斜は約60~62度。実は伝説の階段にたどり着く前から、城内のほかの階段もすでにかなり急だった。そして最上階へ上る最後の階段を実際に見たときは、本当に想像以上にすごいと思った。横には手すり代わりのロープがそのまま設置され、上下には観光客の安全を見守るスタッフもいた。自分では、ほとんど四つんばいで上ったような気がする。
天守に上ってから外を見ると、景色は本当にきれいだった。天気が良い日には琵琶湖が見えるそうだけれど、残念ながらその日は天気自体は悪くなかったものの、空にはまだ少し雲があり、琵琶湖はあまりはっきり見えなかった。それでも、この高さから周囲の景色を見下ろせたことで、苦労して階段を上った甲斐があったと思えた。
ただ、本当の試練はまだ終わっていなかった。階段を上るだけでもつらかったのに、下りるのはまた別の苦行。いつ転げ落ちてもおかしくないような気がして、いっそ転がり落ちたほうが早いんじゃないかとさえ一度は思った!でも、そう思うだけで、やはり必死にロープをつかみ、一歩ずつゆっくり下りた。そのとき一体どんな姿勢で下りていたのか、今ではもうまったく覚えていない。ただ、本当に必死で生きて下までたどり着いたことだけは覚えている。
天守閣のほか、彦根城の隣には大名庭園の玄宮園もある。残念ながら冬だったので庭園の景色は単調だったけれど、そこで偶然、日本人の新郎新婦が結婚写真を撮っているところに出会った。花嫁は色打掛を着ていて、本当にとてもきれいだった。この旅にもう一つの思いがけない驚きを添えてくれた。 -
























