二条城の桜はとても有名で、城内には多くの品種があり、早咲きから遅咲きまでそろっているため、単一品種の名所よりも長く花見を楽しめる。毎年春には「二条城桜まつり」と夜間ライトアップも開催される。訪れたときはすでに桜の季節の終盤だったが、幸いまだたくさんの満開の桜を見ることができた。
二条城は日本の近代史においても非常に重要で、第15代将軍徳川慶喜が二の丸御殿で大政奉還について意見を求め、その後、朝廷に政権返上を申し出たことは、徳川幕府による統治の終焉を象徴している。現在、二の丸御殿を見学すると、この歴史にまつわる大広間で人形による再現も見られる。
二の丸御殿でもう一つとても面白いのが、通称「鶯張り」の廊下。歩くと音が鳴るので、当時はまったく音を立てずに歩けないかと一生懸命試してみたが、結局まったく無理だった。体重がかかるだけで鳴ってしまう。
個人的に一番気に入ったのは、やはり二の丸御殿に入る前の唐門。檜皮葺の屋根の前後に唐破風があり、門には松竹梅や鶴、唐獅子などの極彩色の彫刻がびっしり施されていて、本当に華麗だった。京都の伝統建築は控えめな印象のものが多いが、二条城と豊国神社の唐門はまったく別路線で、見るだけで権力を握っているかどうかで本当に違うのだと感じられる。
二条城にはもともと五重天守もあり、伏見城から移築されたと伝えられているが、1750年に落雷で焼失し、その後は再建されなかった。現在は天守台に上り、遺構と周囲の景色を見ることしかできず、少し残念に感じる。ただ、見方を変えれば、二条城で本当に貴重なのは天守ではなく、二の丸御殿が現存していることだ。江戸城、大坂城、名古屋城に元々あった御殿の多くはすでに失われ、名古屋城本丸御殿も近年、史料に基づいて復元されたもの。川越城も本丸御殿の一部が残っているものの、完全な御殿群の規模ではない。一方、二条城の二の丸御殿は完全な形で保存され、狩野派の障壁画や欄間、金具の装飾も残っている。これこそ、日本の城郭建築の中で本当に代えがたいところだ。
































